素敵な学校

これからの人類のために、自分の快適な生活のために、すてきな学校を考えます。

大切な言葉


大切な言葉というものがある。

いわゆる「いい言葉」のことを言っているのではない。


近年私にとって印象的な「大切な言葉」の一つは、ちょうど1年ぐらい前に聞いた。


両国移転が決まったとき、それについて説明もおよそ不十分だった中で、当時の高等課程の三年生たちが、「新校舎予定地見学」を学校側と交渉して実現させた。当日私も声をかけられて連れて行ってもらった。


まだ前のリハビリテーション専門学校の器具や設備や臭いがはっきり残る建物。狭くて暗い。
みんな口には出さないけれども、気持ちは沈んでいたと思う。理不尽への怒りが渦巻きすぎていたとも思う
(その設備や器具ででさっそく遊んじゃうすばらしい「お子様」たち数名がいたのが、学院のホコリであったが)。


その空気の中で、今狭くても高等課程が無くなる前提ならちょうどいい計算なのかも、というようなことを言った生徒がいた。
至極淡々としていたので、一人の先生が笑った。
「きみはクールだね!」
「クールじゃないよ、悲しいよ」
彼は軽やかに答えた。


悲しいよ。
これがその時の「大切な言葉」だと思った。


後日、これをほかの生徒たちに振ってみた。「悲しいよって言ってたよ」
するとみんな固い顔で首を横に振った。
「それは言えない……」


1年前に卒業したばかりの卒業生にも言ってみた。
「……それは言えないね……」


そうは思わない、という答えではなかった。それは言えない、だった。「悲しいとは言えない」でさえなかった。その単語を避けたのか指示語での答えだった。


それがみんなの中にあった、心臓に最も近い言葉だったからではないだろうか。

 

大切な言葉というのは、だって事実だもん、なことだろう。
気分的にネガティブになるとか、ポジティブになろうとか、そういうもの抜きの、だ。
みもふたもない、というのが実は「大切」に近いのかもしれない。

 

あのころ、古い卒業生の一人も「大切な言葉」を発した。
高等課程(昔は高等部だったしね)廃止のニュースを聞いた古い卒業生たちがFaceBookで発した言葉は、大方こんな傾向だった。
時代の流れだからしょうがない、どうせ昔の文化学院はすでに失われている。
など。
それはもちろんそれで重い実感の言葉ではあったけれども、何か「もどかしさ」が、書いた側にも読む側にも会ったように思う。


その中で、一人が、私のウォールに一言だけコメントを書いた。
「やだ!」


これも「大切な言葉」だと思う。
みんなの根底は、この一言でしょう? お利口そうなしょうがないやどうせというラッピングをほどけば、最後に出てくるのは、本当は「やだ」という一言でしょう。


それが痛いからいろんな言葉でくるむ。


学院はすでに変わってしまったという言葉も、「あの時の学院」が無くなるのが、無くなっているのが「やだ」だからでしょう。


大切な言葉というのは、じつはとてもシンプルなものなのだろう。
その大切な言葉を大切に扱う過程で、言葉の数が増えることはある。そのときも、余計な言葉はいらない、必要な言葉だけを選び取ろうとすることそのものが、「大切に扱う」ことだと思う。


「悲しいよ」も「やだ!」も、創造的な言葉でも前進する言葉でもない。
しかし、そのままの、その言葉こそ、出発の言葉になりうる。空虚な励ましや景気づけの持ちえない、平坦で理性的な自分の立っている地点の表現、それは「可能性」に必要な土壌かもしれない。

 

    *   *   *


おまけ。
あれから一年経った。
いつものように早いなと思いつつ、一年前とは「隔世の感」がある。
土地が変わったし、個人的にはそれ以上に、「十代が新しく入ってこない」ことの違和感が大きい。
それでも、案の定と言うべきか、学院の生徒たちはちゃんと学院の子としてこの一年を生き、それぞれの成長や変化や挫折や停滞や創造や、そういう10代の一年で出会うもろもろをやらかしている。
移転したばかりのころ、外で卒業生に会って、「新校舎はどう?」と聞かれて、私はこう答えた。「狭い・汚い・暗い・臭い」。そこまで言う! と笑われたけど、シンプルな事実なんで。これは変えようがないが、最後の「臭い」だけは、少し変わった。「学院生臭く」なったよ。
人間がその場所で生きるというのは、そのニオイがしみつくということなのかな。